「いつも助かってるよー!」と言われても人の役に立っている実感は得られない
こんにちは、毒親育ちのヒロユキです。
「こんな僕でも人の役に立てるんだ!!」と実感したくて「こうすればいいんじゃね?」と思うものを試していました。
でも、まるで効果がなくて「同じ失敗をしてほしくない!!」みたいなテンションになったんで共有するために記事にしてみます。
よかったら最後までどうぞ。
「こんな僕でも人の役に立てるんだ!!」と実感したい
僕には、好きな人に対しても、嫌いな人に対しても、役に立ちたい欲求が強くあります。
子供の頃から、家族を含め、人に認めてもらえる経験をしてこなかったのが原因かもしれません。
そのせいか「なんのために生きているんだろう…」「生きていていいんだろうか…」などと考えてしまうことが今になってもあります。
開店前清掃の仕事も「重宝される存在にラクになれるはず…!」と思って選んだんです。
もちろん、引きこもっていて、ほかに応募しようと思える仕事がなくて選んだのも大きいですが…。
重宝される存在になれば、きっと「こんな僕でも役に立てるんだ!!」と実感できると思っていました。
重宝される存在になれても人の役に立っている実感は得られない
たぶん、重宝される存在にはなれていると思います。
誰よりも出勤しているし、誰よりも汗をかいて仕事をしているし、誰よりも面倒な仕事を率先してしているし…。
でも、役に立っている実感は得られませんでした。
もしかしたら「重宝される存在になれてる…!」と思っているのは、うぬぼれなのかもしれません。
もしくは、重宝される存在になれても人の役に立っている実感は得られないものなのかもしれないし、もっと突き抜けて重宝される存在になる必要があるのかもしれません。
もしかしたら、メンタリストDaiGoさんの書籍に「職場に親しい友達がいると、給料への満足度が3倍に」なんてことも書かれているし、親しい友達を作るのが大事なのかもしれません。
実際に、働きはじめてしばらくしますが、職場に親しい友達と呼べる人もいませんし…。
努力すべきは、誰よりも出勤することでも、誰よりも汗をかいて仕事をすることでも、誰よりも面倒な仕事を率先してすることでもなくて、親しい友達を作ることなのかもしれません。
でも、友達を作るのは難しいですよね…。
ちなみに参考にしたメンタリストDaiGoさんの書籍はこれです。
「いつも助かってるよー!」と言われても人の役に立っている実感は得られない
「いつも助かってるよー!」なんて言われたら、こんなにうれしいことはないし「こんな僕でも人の役に立てるんだ!!」と実感できることだと思っていました。
でも、実際に言われても実感することはありませんでした。
職場の人と話をしていて「どうしてここで働きはじめることにしたの?」みたいな話になって「こんな僕でも人の役に立てるんだとラクに実感できると思って」みたいに答えて、そこで聞いたんですよ。
「僕、役に立ててますかね?」みたいに。
そしたら「いつも助かってるよー!」と答えてくれましたが、普通、こう答えますよね。
「ここをこうしたほうがいいと思う」なんて普通は答えません。
言わせておいて失礼なんですが、相手は本気で言ったのか社交辞令で言ったのか分かりませんし、受け取るこちらとしては社交辞令としか思えませんでした。
なので「いつも助かってるよー!」なんて本気で言われたら、こんなにうれしいことはありませんが、実際に言われても社交辞令としか思えなくて、人の役に立っている実感は得られません。
でも、これは相手との関係性によるかもしれないとも思うんです。
親しい友達に言われたら、めちゃくちゃうれしくないですか?
人の役に立っている実感は、普通に会話する程度の関係性の人には求めちゃダメなのかもしれません。
うだうだ話してきましたが、結論としては「こんな僕でも人の役に立てるんだ!!」と実感したいなら、親しい友達を作るほうがいいかもしれません。
というわけで、人の役に立っている実感を得るためにも、友達を作れるよう、頑張ってみようと思います。
まとめ
さて、こんな感じで終わります。
人の役に立っている実感を得る方法として
① 職場で重宝される存在になること
② 「いつも助かってるよー!」と言われること
この2つの方法は効果的ではなくて、もしかしたら親しい友達を作るほうがいいかもしれません。
よかったら参考にしてみてください。
以上です。